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飯塚亮(FC刈谷)〜細部までこだわれなかったら成長できない〜

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「飯塚亮」この名前を知っているサッカーファンは少なくない。

町田・讃岐・山口・刈谷と当時アマチュアカテゴリーの強豪クラブを渡り歩いた彼は162cmと小柄ながらに巧みにボールを扱い、細かいタッチのドリブルで相手DFを切り裂く姿はピッチの上では堂々としていて大きな存在だった。

2015年に選手を引退し、最後に所属したFC刈谷でいきなり監督としてのスタートを切り、今年は新しく迎えた外国人監督を支えるコーチ・クラブの強化部長として多忙な日々を過ごす彼に話を聞いた。

現在はヘッドコーチを始め、複数の業務をクラブの為にこなしている。

 

異色のキャリアスタート

お久しぶりです。忙しい中時間作ってもらいありがとうございます。

久しぶり!元気?おかげさまで本当忙しいよ(笑)お前と話し終わったらすぐ昨日の試合の分析しないといけないんだ。

(全国社会人サッカー大会東海地区決勝でFC.ISE-SHIMAにPKで競り勝ち全国大会への出場を決めた。)

 

ー刈谷での生活も3年目ですね。

おかげさまで。

必要としてくれてるクラブには本当に感謝しているよ。

忙しいけどサッカーで生活できてるのは幸せなことだし、今年からヘッドコーチ・強化部長・アカデミー統括という新しいポジションを与えてもらって学ぶことが沢山あるからね。

すごく充実してるよ。

 

ー2015年選手を引退されてからすぐに2016シーズン監督に就任されましたよね。選手が引退していきなり監督をスタートするのはあまりないことだと思うのですが。

前監督がサウルコス福井に移動したんだ。そのタイミングでクラブから監督の打診を受けた。

監督業には興味はあったし色んなことを考えて監督に就任することに決めた。

今まで自分が培ってきた経験を伝えられるって考えたらワクワクしたね。

改めて考えると自分でも大きなチャレンジだったと思うよ。

1年目はリーグ戦は上手く戦えて優勝出来たけど地域決勝で勝てなかった。

2年目はJFLから選手を補強したんだけど新しい選手と既存の選手の融合が上手くいかなくてリーグ優勝もできなかった。

どちらのシーズンも難しかった。

昇格という目標を達成できなっかたのは自分の経験不足だったと感じたよ。

2015シーズンは選手としてFC刈谷で戦った。

 

ー今年から会長も変わり監督も外国人に変わりましたよね。クラブが大きく変わり始めてると感じることはありますか?

新しく就任した会長は外資系会社のアジア責任者で刈谷の前身のDENSO時代にプレーしていたらしく、いつかクラブの力になりたいと思っていてくれて今回戻ってきてくれたんだ。

本当にすごい人で明日はバルセロナの会長に会うって言ってたよ(笑)。

監督はブラジル人でウズベキスタン代表での監督経験もある人なんだ、監督が選手に伝えたいことを再確認しながら選手とより近い距離でコミュニケーション取るようにしてる。

ただ、全て新しく一新するんじゃなくて、今いる選手で上に行こうよ。クラブの価値を高めようよ。というのが会長の考え。

だからこそ今所属している選手・スタッフ含めてモチベーションは高いよ。

 

細部にこだわった現役時代

ー新潟経営大学卒業後、町田・讃岐・山口・刈谷と名のあるクラブでプレーしてきましたよね。

当時JFLに所属していた町田ではプロに近い環境でプレーさせてもらって試合にもコンスタントに出てて手応えを感じていた。

2年目のシーズン途中で讃岐にレンタルで移籍したんだけど、この時はクラブも昇格するために必死だったし、俺自身もここで何か残さないと先は無いと思って切羽詰まってたよ。相当な覚悟があったシーズンだった。

山口でも昇格を経験できたことは素晴らしい財産だし、刈谷でもベテランという立ち位置でプレー出来たことは良い経験になった。

キャリアスタートの町田で新加入ながらもハツラツとプレーした飯塚。

 

ーでもJリーグでプレーする夢は叶わなかった。

クラブがJリーグに昇格する時にクビになってしまった。

体が小さい分、頭もすごい使ってたし、技術を高めるために沢山練習もした。

ウィークポイントを消すために細かいところにまでこだわった。

それでもそれぞれの監督が求める欲求に答えられなかったり、ウィークポイントを消せるぐらいのストロングポイントを持ち合わせていなかった。

サッカー選手という世界で生き残るという厳しさを知ったよ。

過去に所属した町田・讃岐・山口はJリーグに昇格したが、後一歩のところでJリーガーという夢に届かなかった。

 

刈谷がJリーグで戦う時に一緒にピッチに立ちたい

ー自身の経験を踏まえて選手に伝えたいことはなんでしょう。

今、リーグ戦は7勝1敗で2位。

負けられない戦いが続くし、ここから逆転して優勝を目指すにはもっとやることがあるよと。

野心を持って日々練習に打ち込む、細部までこだわって土台を作る。

土台がないと良いプレーなんてできないからね。

それにプラス高いモチベーションを保ち続けなければいけない。

この辺は口酸っぱく言ってる。

選手に後悔して欲しくないから。

中途半端にやるならやめて仕事した方がいいね。

俺らが目指しているのはもっと上だから。

試合後の選手とのコミュニケーションも怠らない。

 

ー本当サッカー好きなんですね。選手時代と変わらない情熱が伝わってきます!さて、最後に今後の飯塚亮としての目標を教えてください。

指導者としてもっと成長したい。Jリーグで監督やりたいよね。

ただ、今いる環境で頑張れない奴に先は無い。

今、刈谷で仕事できている俺は恵まれていると思うんだ。

ここでまた細かいところまでしっかり勉強して学んで成長していきたいと思ってるよ。

その先にFC刈谷がJリーグに上がってピッチの上で選手と一緒に戦えたら最高だね。

だから、今が大事なんだ。

 

今回のインタビューの中で感じれたのは「飽くなき向上心」。指導者としては駆け出しだが、それを補えるほどの情熱・経験を持っている飯塚亮。旅はまだまだ続く。彼は永遠のサッカー小僧なのだ。

 

飯塚亮

1987年2月10日生まれ。東京都八王子市出身。

所属クラブ

トヨ二USC-FC多摩Jr.Y-帝京高校-新潟経営大学-FC町田ゼルビア-カマタマーレ讃岐-レノファ山口-FC刈谷

指導歴

FC刈谷

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